小説
続、きまぐれオレンジ☆ロード
~第1話 誘惑の夏~
1
1998年8月某日。僕とまどかは、数年ぶりにおじいちゃんの家を訪ねることにした。
僕とまどかが結婚してからは、あの傍若無人なおじいちゃんもさすがに気が引けるのか、くるみやまなみのところへ顔を出しても、新婚の僕たちのところへはめったに来なかったし、僕たちもスケジュールの関係で訪ねることが出来なかったので、姿を見るのも、ずいぶん久しぶりになる。
最後におじいちゃんたちに会ったのはいつだったろう――そんなことを思いながら、駅の改札を抜けた。駅前には、ずっと前から変わらないおじいちゃんとおばあちゃんが出迎えに来てくれていた。
やはり懐かしい顔を見ると、どこか心が和む。
しかし、おじいちゃんたちは違ったようだった。駅まで迎えに来てくれたおじいちゃんの顔は、僕たちを見るなり、キッと引き締まったというか、厳しい顔になった。おばあちゃんは逆に、心配そうな顔に……。
目的が、バレた?
僕たち以上に特殊能力を持つおじいちゃんのこと、何もかもお見通しなのかもしれない。
かといって僕たちの訪問の本来の目的――春日家の秘密を探すこと――を捨て去るわけにはいかなかった。僕とまどかの、結婚時の大事な約束なのだ。
僕は、おじいちゃんたちの様子を見て不安そうな顔をしたまどかの手をぎゅっと握り締め、大丈夫だよ、と微笑んでみせた。それからおじいちゃんたちのほうを向いて、
「おじいちゃん、おばあちゃん、わざわざ出迎えてくれなくてもよかったのに」
「何を言っとるんじゃ、恭介。別嬪さんが来るというにワシが指をくわえているはずはあるまいて」
ふざけた、いつもの調子のように聞こえるその台詞は、どこかにトゲがあった。
――やはり、気づいている。
僕は覚悟を決めた。
「おじいちゃん。こん……」
と、僕が言いかけるのを遮るかのようにおばあちゃんが、
「恭介にまどかちゃんも、長旅は疲れたじゃろ? 車を用意しているから、早くお乗り。積もる話は家に着いてからでも遅くはあるまい?」
そうして指差すほうには、一台のタクシーが停まっていた。どうやらおじいちゃんたちはそのタクシーでここまで出迎えてくれたらしい。
――仕方がない、か。
僕とまどかは向き合うと、どちらともなく微笑んだ。
別に争いにきたわけじゃないんだし、じっくり取り掛かるとしますか。時間はまだたっぷりとあるんだから。
ほれほれ、と言いながら僕たちをタクシーに放り込むおじいちゃんのされるがままに、僕とまどかは車中の人となった。助手席におじいちゃん、後部座席にまどか、僕、おばあちゃん。
タクシーが静かに発車し、しばらくは誰も何もしゃべらなかった。
静寂を破ったのはタクシーの運転手だった。
「お客さん、どちらから来られたんで?」
おじいちゃんたちへではなく、僕とまどかに向けられた質問だった。
「あ、東京です」
まどかが答える。
僕とまどかは、挙式後、東京に新居を構えていた。まどかは音楽家として、僕はカメラマンとしていろいろ飛び回ることが多い。そんなとき、何かと便利な都心に住んでいるほうが都合がよかったのだ。まあ、僕らの仕事の場合、インターネット網が発達してきたいまでは都心から多少離れていても問題はないのだが、一度都会の便利さに慣れてしまうと、しばらく離れられそうもない。
「東京から。それはまた遠いところから来られましたなぁ」
運転手が言うと、おじいちゃんが横やりを出した。
「昔はもう少し頻繁に遊びに来ておったんじゃがな。結婚してからは、とんと来てくれなかったもんでな」
「お孫さん、ですか」
「孫夫婦じゃ」
僕も弁明を試みる。
「来たくても来られなかったよ。僕もまどかも、これでも結構忙しいんだぜ」
「東京からじゃなかなか気軽には来られませんな」
運転手はすぐに納得したが、おじいちゃんには不満なようだった。
「何を言うとるか。わしはいまでもけっこうそっちに行ってるぞい」
すると、いままで黙っていたおばあちゃんが、
「それはおじいさんが勝手にお邪魔してるだけじゃありませんか」
と助け船。……しかし、それもつかの間、
「でも、この歳になると孫の顔を見るのが楽しみですからねぇ。おじいさんの行動も止められないんですよ。それに、恭介が結婚したから今度は早く曾孫の顔が見たいしねぇ」
いきなり曾孫の話題を持ち出されて、まどかは顔を真っ赤にした。まどかはこれでいて結構、純なところがあるのだ。そういう可愛いところが、僕にはとてもいとおしかった。
「おばあちゃん、まだ曾孫は早いって」
僕が言うと、おじいちゃんは
「早くなんかあるもんかい。結婚前からやっとれば当然、挙式してからだって十分に曾孫の顔が拝めると思うがな。それともなにかい、二人は結婚してこのかた、夜を共にしとらんとでも言うんかい?」
まどかの顔はますます赤くなった。いくらおじいちゃんといっても言い過ぎだ。
「おじいちゃん」
僕が抗議しようとしたときだった。
「恭介――」
おじいちゃんが何かをつぶやいた。
「何を、たくらんどる」
2
「男島と女島……」
おじいちゃんの家のすぐそばにある湖の中心にぽつんと二つ存在し、番人が守っていて、他所者を拒む島……その島について、いまの番人であるおじいちゃんたちも深くは語ってくれたことがなかった。
しかし、オヤジが母さんにプロポーズをし、母さんが自分の秘密――超能力者であること――を話したのがこの島である、ということは話してくれた。
そして……母さん、春日あけみの墓標の立つ島……。
僕らには何も言わないが、オヤジは毎年ここを訪れている。
今年も、オヤジに先を越されたようだ。墓の前に、毎年決まって供えられている花束が、あった。
「お父さん、今年も来てるんだね」
「ああ」
まどかと僕は、まんじりともなく、言った。
最初に僕がまどかとここを訪れたのは、まだ自分の気持ちがはっきりしていなかった頃……妹、檜山ひかる、そして鮎川まどかと一緒に、この地へ避暑に出かけたときだった。それまでもおじいちゃんの家に遊びに来たときに何となく気にはなっていたものの、取り立てて尋ねることもなく、そのままになっていた。
しかしやはり運命というか、あの日、僕はまどかと二人でボートで島へ渡ろうとした。その前に、番人に無断で他所者が島へ渡ろうとすると、番人の光の剣がその者に襲いかかり、一刀両断するという言い伝えを聞いていたにもかかわらず……。
そして僕らはボートに乗り込み、その中で僕は、母さんの形見とは知らずにおじいちゃんから渡されていたペンダントを、まどかにプレゼントし、その直後、光の剣に襲われたのだった。ボートが光の剣――雷の直撃に遭う直前、僕のテレポーテーションで脱出に成功。あのときは「すごいジャンプ力ねぇ」としきりに感心されたっけ。今じゃあ笑い話に過ぎないけれども、あの時は、僕の超能力がばれたら化け物扱いされて嫌われる――真剣に悩んでいたのだ。
島にテレポートした後も、雷はまどかを狙い続けた。そこで古井戸に逃げ込み、横穴の洞窟を発見。その中を進むうちに……おばあちゃんと遭遇し、「番人」の正体を知ったのだ。
「番人」とは、おじいちゃんとおばあちゃんだった。しかし、何のための番人で、僕らが何者なのか、といった謎には、おじいちゃんたちは明確な答えをくれなかった。
分かっているのは、この洞窟の中に、僕たち一族の秘密が隠されている、ということ。昔、二つの山をいただいた村があり、そこに超能力を持つ一族が住んでいた。が、侵入者によって秘密が漏れ、平和が脅かされるようになってくると、村人は自らの手で村を湖の底に沈めた。そしてこの洞窟は、湖の底に眠る村に通じるトンネルである、ということ……。
それ以上は、おじいちゃんも話してくれなかった。
謎を残したまま、その年の夏は終わった。
それから十年……。いま、僕たちはその秘密を知るために、この地を訪れたのだ。
「何を、たくらんどる」
家に向かう途中のタクシーの中でおじいちゃんに呟くように言われた僕は、正直言って、焦った。
最初に駅でおじいちゃんの顔を見掛けたときに何かを感づかれたことを察知して覚悟を決めたはずなのに、いざ核心を衝かれると、弱かった。
「な……何もたくらんでません」
「そうかな。その顔は何かよからぬことを思ってる、そんな風じゃがな」
僕はどきどきしながらも、答えた。
「そんなことないさ。あ、アハハハ……。それよりおじいちゃん」
僕はぐいと助手席に身を乗り出すようにして、
「まずは母さんの墓参りをしたいんだ。いいでしょ?」
「そうじゃな。もう、ずいぶん来てくれんからの、オフクロさんも寂しがってるじゃろて」
さしものおじいちゃんも、何ら警戒することもなく応じてくれた。当たり前だ。母親の墓参りは別に不審がることじゃない。ただ、その場所。それは、あの島、だった。僕らは母さんに春日家のルーツを探すことを報告し、そのまま洞窟探検にいくつもりだったのである。そのことを、おじいちゃんたちは気付かなかった。
そして……母さんの墓標の前に立った僕とまどかは、そこに置いてあった小さな花束でオヤジがここに来ていたことを知った、というわけだった。
さて、そろそろ洞窟へ向かおうか。そう思ったときだった。僕らの背後で、誰かがいる気配を感じた。おじいちゃんたちは家にいるはず。この、無人島当然の島、他所者は入れない島に、他の人間がいるはずはない。僕とまどかは、さりげなく目線を合わすと、ゆっくりと気配のするほうへと顔をむけた。
そこには、一人の若者が、こちらの様子をじっとうかがっていた。
(第1話続く)





