[政治]自自連立に際してとある議員の行動

(1999/01/16、初出:「SB企画室通信」第11号)

 ついに自自連立がスタートした。私は、ある意味失望しつつも多少の期待を持って眺めていたが、小さなことが引っかかった。それは、この自自連立の流れの中では小さなことに過ぎないが、元首相で初代新進党党首を務め、新進党解党後は無所属として活動していた海部俊樹氏の行動である。
 ちょうど自自連立が確定しようとしていたある日、夢うつつに聞いていたラジオのニュース速報からとんでもない言葉が私の耳に飛び込んできたのである。いわく、「海部俊樹氏が自由党入党」という。
 私には信じられなかった。
 海部氏は、新進党解党時に、小沢氏から党最高顧問としての自由党入党を依頼されたとき、「無所属でいく」と毅然と断っている。それが、自由党が政権の一翼を担うことが確定した14日、小沢氏のラブコールに一も二もなく快諾したというのである。正式に入党するのは18日の自由党常任幹事会の了承後だが、小沢氏のワンマン政党である以上、異論はなかろう。

 かくして君子豹変す。海部氏にはいかなる政治理念があり、政治活動を行っているのか。これでは、自民党下野後に離党、自民党が再び政権の座に就くと再び復党した風見鶏議員と同じといわれても仕方あるまい。
 考えてみれば海部氏は、小沢氏と組むことで政界の表舞台に出ることが多かった。いや、海部氏が独自で行動を起こしても何もできなかったというほうが正しいかもしれない。彼にある世間一般のイメージはせいぜい水玉ネクタイくらいであろう。そして、すでに首相在任中には残っていた若々しさすら残っていない。その、無所属となって存在感が無くなった元首相が再び政界の表舞台に躍り出るために、小沢氏に擦り寄った。そこに、いかなる政治信条も、理念もありはしない。あるのはただ「欲」の一文字だ。

 私が小沢氏が仕掛ける自自連立に期待をしていた部分は、「多事多端」ページのトップにも書いていた「政界ビッグバン」しかなかった。小沢氏が自民党と連立を組むことで反発する勢力が自民を離党、反自民勢力の理念などが近い勢力とタッグを組み、政界再々編を巻き起こすことである。が、その動きは起こりそうに無い。このままいけば小沢自由党はかつての新自由クラブのように自民党の補完勢力となり、気付けば自民党に吸収合併という事になるだろう。すなわち小沢氏は自民党離党以来の自分自身を、「若手を見殺しにできない」というもっともらしい理由で否定することになる。小沢氏は、小沢氏の理念、思想で突っ走り、その上で若手を育てれば良いのだ。確かに小選挙区制度では、次回の選挙で小沢チルドレンを含む自由党の多くは落選するかもしれない。しかし、きちんとした理念を持ち、活動していれば、そしてそれが選挙民の共感を得られれば当選することだって可能なのだ。ダイナミックな政権交代が行えるといって小選挙区制を取り入れたのは小沢氏自身ではなかったか。結局は、小沢氏にも、その自信はないと見える。永田町の嫌われ者だった小沢氏も、このままでは国民からも嫌われる結果になってしまうのではないかと心配である。

 話を海部氏に戻そう。小沢氏は、新進党の頃から保保連合を模索していたので、ある意味、今回の連立は「ついにやったか」という気もしないではない。しかし分からないのは海部氏だ。この時期で自由党入りするのと、自由党結成時に入るのとでは自ずから意味合いが違ってくる。そしてこれは、新進党から解党以前、以後に自民党に釣られていった議員たちにもいえる。
 我々は、今後もこれらの政治家の行動をよく監視し、見つめていく必要があるだろう。


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